7年ほど前、モエカさんと最初に会ったとき、私は約束の場所にすごく遅れていた。
東京の街にまだ馴染みもない頃、何かの媒体の取材で対談相手として私のことを選んでくれたのだった。そのときのことはあまり覚えていないが、彼女の憂を帯びた大きな瞳は印象に残っている。遅刻をしたにも関わらず堂々としている私の姿(最悪である)を見て、「これでもいいんだと思えた」と最近になって話してくれた。
後にアートワークなどの制作に携わるようになり、初めてデザインした『若者たちへ』(2018)では、モエカさんの瞳に映る未来を覗き込みたくなるような一枚をジャケに選んだ。
メンバーと関わるのは制作期間のみで、プライベートな話もあまりしないが、音楽への妥協や嘘がないからこそ、楽曲を聴けば今の彼らにとって大切なものを捉えることができる気がした。『our hope』(2022)、そして『12 hugs (like butterflies)』(2023)の制作も共にさせてもらい、ゆっくりと信頼関係を築いてきた。
“ひみつの庭” inspired by 羊文学 - 12 hugs (like butterflies)は、『12 hugs (like butterflies)』の楽曲や世界観を、私たちHUGが再解釈した展示空間となっている。
変化し続けるバンドそのものを“庭”、それを耕すスタッフやクリエイターたちを“庭師”と
定義したこの空間では、作品が生まれていく過程にある、夢をみる余白を大切にしたかった。
展示のキービジュアルは、創造の扉をつなぐ蝶のかたちをした蝶番の写真を、サイアノタイプでプリントしている。まだ見ぬ未来への構想を練る、という意味で「青写真を描く」と表現することがあるが、この展示は自分のなかで形成されつつあった羊文学像を、一度解体するような作業だった。あえて輪郭をあやふやにすることで、きっとどんなものにも変化していけるから。
さまざまな可能性を秘めている羊文学が、そしてメンバーの一人ひとりが、自由に表現を模索し続けていけることを願って。
“ひみつの庭”
inspired by 羊文学 - 12 hugs
(like butterflies)
へようこそ
この手紙には、
私たちが12 hugs (like butterflies)に
収録されている楽曲をどのように解釈し、
空間の中で表現したかったのかを記しています。
庭を歩く際の道しるべになれば嬉しいです。
楽曲の横にのマークがあるものは、
ここを訪れた思い出の品として
持ち帰ることができます。
ぜひ小屋の中にあるカウンター付近で
ご覧ください。
会期中は
庭師のアレキサンダー・ジュリアン氏によって
植物に手が加えられ、
少しずつ庭の表情も変化していきます。
朝と夕方でも印象が変わるので、
よかったら、また遊びにきてください。
それでは、ひみつの庭での散策を
お楽しみください。
“Hug.m4a”
Object by Christopher Loden
モエカさんが友人から聞いたある出来事をきっかけに、ふと歌ってみたそうです。
スマートフォンで録っていることもあり、「あなたの命を 離さないで」という歌詞がより身近に、リアルに響きます。
配信用のアルバムのジャケットには、この曲の歌詞の英訳をデザインに落とし込みました。英訳と手書き文字はジャケットの撮影をしたNico Perez氏。
切り株や植物に絡まったスマートフォンから聴こえるHug.m4aは、まるで祈りのように繰り返し再生されています。
Incence Sticks inspired by “more than words”
design by Tetsuya Okiyama
楽曲を五感で感じられる仕組みを作れたら、とチームで話しているところから生まれたインセンスです。
香りは記憶や感情を呼び起こし、感覚を豊かにしてくれます。ゆっくりと全身でアルバムの世界観に身を委ねることで、自分自身の心の声に耳を傾けるきっかけを作りたいと思いました。
楽曲をイメージしてメンバーがセレクトした
“ODYSSEY(長い冒険旅行)”という香りはヒノキの香りで、焚いた際によりスモーキーで奥行きが出るのが特徴的です。
“Addiction / honestly”
Ghost&Mirror by DODI™
目に見えないものと向き合い、ときに絶望しながらもたたかい続ける。アルバム全体を通して感じられる羊文学の姿勢でもありますが、“透明に変わって この部屋で一人でいたいの”という「honestly」の歌詞からおばけを連想しました。
たとえ自分を見失って(おばけになって)も、鏡と対峙し、まだ見ぬ自分を想像(創造)し続ける姿を表現できたらと思いました。
モエカさんが“スマホ中毒”の曲という「Addiction」をイメージし、おばけと一緒にミラーセルフィーが撮影できる鏡も設置しています。
“GO!!!”
Door by DODI™
試練を乗り越えても乗り越えても、次々と新しい扉が立ちはだかる。でももうゴールはすぐそこかもしれない。
最後の扉を蹴り上げて、こじ開けていく。
モエカさんとの対話のなかで出てきたキーワードから、形も大きさもさまざまな取っ手がついた扉を想像しました。実は展示空間にある小屋の壁面も、単なる一枚の壁ではなく、複数の扉がつながってできています。
「理想の未来につながるドアはいったいどれだろう?」
足元にあるGO!!!の文字はメンバーが書いてくれました。
Jumpsuit inspired by
“永遠のブルー”
まっすぐで清々しいエネルギーを持った楽曲。主人公っぽいな、と聴くたびに思います。
この展示における主役はもちろん羊文学であり作品だけど、同時に“庭師”たちにもそれぞれの物語がある。ということで、ユニフォームっぽさもありつつ、着こなしによってかなり個性が出るジャンプスーツを制作しました。
首元には今回の展示を象徴する蝶の形( )をした蝶番の刺繍が入っています。
“countdown”
Braids Bat by konomad
わかっていても自分を傷つけるような選択をしてしまう少女と、そんなことやめようよと鼓舞する“おさげの少女”は、実は同一人物なのかもしれない。威勢よく素振りをするも、その勢いで自らが回転し、転倒してしまう。
三つ編みやチェーンがたくさんついたバッドの制作はクリエイティブ・プラットフォームkonomadにお願いしました。バットにステンシルされた絆創膏のモチーフが気に入っています。
Seed Paper inspired by
“Flower”
desgin by haru.
この楽曲は、主人公がAIに恋をするという題材の映画からインスピレーションを受けているそうです。恋人は画面上にしかいないし、年をとっているわけでもない。自分だけが老いていく切なさを、時間の経過がわかりやすい「花を育てる」という体験を通して感じられたらどうだろう(Flowerだけに)、ということでシードペーパーを作りました。ペーパーごとに土に埋めて水をあげると、いずれ花が咲きます。
IDカードのようなデザインはモエカさんのアイディアで、このカードを読み込めばいつでも恋人に会えるという設定になっています。
Sheer Cloth inspired by
“深呼吸”
photo by Nico Perez
美しい言葉で紡がれる「深呼吸」から連想したのは、心地のよい風になびく、大きな布。
実際に制作した透け感のあるクロスは、会場にある小屋のカーテンとして展示されています。プリントされている写真は、ジャケットでモエカさんが着ている衣装にフォーカスしたもの。
今回のアルバムのアートワークを制作するうえで、カバーを撮ったNicoとはとても密なコミュニケーションをとりました。いいものづくりの根底には、相手に真摯に向き合えているか、があると思う。それができたことが、その後の自分を支えてくれもする。
“人魚”
Spiderweb by Christopher Loden
静けさの中にも強い感情(もはや執念に似たようなもの)を感じる楽曲。静かに我慢していた思いの蓋が外れて、大粒の涙が頬を伝っているような。一度すべて溢れさせてしまえば、あとは清々しい感情になれることも、この人はきっと知っているはず。
船乗りを誘惑して海に引きずり込んだり、嵐や洪水など危険な物事と関連付けて語られることも多い“人魚”がタイトルになっているのもおもしろいなと思いました。
会場には人魚の涙に濡れた蜘蛛の巣が張ってあります。よかったら探してみてください。
“つづく”
Flower Tornado by finaleflwr
大失恋の後に書かれた曲だと聞いて、恋が終わったときのあちこちに散らばってしまった感情や涙、思い出なんかをすべて巻き込んで連れ去ってくれる、春の竜巻を表現したいと思いました。
いいものも悪いものも、一度全部放り出したっていいじゃない。まっさらな場所で、きっとまた新しい芽吹きを目撃することになるから。
空中に飛び交う“ひみつの庭”で育った植物たちは、フラワーアーティストのfinaleflwrが制作。
Match Box inspired by
“FOOL”
design by haru.
“失って傷ついても続くなら壊れたって歌うからもう二度と離さないわ”
という歌詞に、強い決意を感じる。本当だったら会場内で何かを燃やしたいくらいだったのですがそれは難しいので、たくさんマッチが入った大きなマッチボックスを作りました。「つづく」の竜巻モチーフと近く、破壊と創造、浄化と再生などの意味合いを込めています。
手放してしまったと思っても、本当に大切にしていることはカタチを変えて戻ってくる、というか…どうしたって完全に離れることはできないんじゃないかな。
Ava / Misty Fountain (@mistyfountain)
霧の中で隠れて創作する、心の芸術家、
美しい創造の場所
Misty colors,
Lines like air,
And the magical moment now.
To The romanticism of seeing flowers in the mist.
アレキサンダー・ジュリアン (@alexander_jyulian)
闇花屋/FLOWER PUSHER。いけばな草月流師範。
鹿児島県立樹木女学院を首席で卒業。好きな飲み物はファイブミニ。
Christopher Loden (@christopher.loden)
仕立て屋、リサーチャー、彫金師。
6月生まれ。ロイホのパフェが好き。
DODI™ (@dodi_jp_)
私たちは、2021年に数人の協力者によって設立されたデザインスタジオです。私たちのゴールは、クライアントやコラボレーターを、彼ら自身が何者であるかを伝えるだけでなく、何者かを明らかにするプロセスに参加させることです。この進め方は、ブランドと作品の進化を探求する継続的な関係性につながっています。
finaleflwr (@finale.flwr)
ファッションブランドの展示会やファッションショーなどで花を使ったディレクションを手がける。
haru. (@hahaharu777)
クリエイティブ・ディレクター。1995年生まれ。学生時代にインディペンデント雑誌HIGH(er)magazineを編集長として創刊。2019年に株式会社HUGを立ち上げ、クリエイティブディレクションやコンテンツプロデュースの事業を展開。
羊文学のアルバム『若者たちへ』(2018)、『our hope』(2022)、に続き『12 hugs (like butterflies) 』(2023)のアートワークを手がける。
konomad (@konomadinc)
河野富広と丸山サヤカによるクリエーティブ・プラットフォーム。主に写真・アートディレクション・グラフィックデザイン・カタログデザイン・ブックデザイン・出版・ショートフィルム ・ポップアップイベント・エキシビションなどを手掛けながら、アーティストによるコミュニティを広げていくことを目指しています。
Nico Perez (@n_perez_)
フォトグラファー / 映像作家。1986年、スペイン・マラガで生まれる。幼少期にイギリス・ロンドンに移住し、スペインとイギリスを行き来しながら子ども時代を過ごす。2008年、初めて訪れた東京で、街の「青い」空気感や都市の孤独感にインスピレーションを受ける。 2015年、初の写真集『Momentary』を発売し、同時に個展を開催。以降、個展「Stills from life」(16)、「Kingsland Road」(18)、「ChasingBlue」(19)、「離れる|Take Off」(21), 「Havana, Cuba “The Reprint”」(21), 「Let me be what I want to be」(22) を開催する。
“ひみつの庭”
inspired by 羊文学 - 12 hugs (like butterflies)
Thursday May 30th - Sunday June 23rd, 2024
12:00 - 20:00
at New Gallery
1F, mirio Jimbocho,
1-28-1, Kanda Jimbocho,
Chiyoda-Ku, Tokyo
Key Visual design Tetsuya Okiyama
Photography / Cyanotype Print
Yurina Miya (HUG inc.)